フェアレディZ

日本国内ではSUツインキャブレターを装備した
SOHCのL20型と、当時の旧プリンス系で開発され
スカイライン2000GT-Rに搭載されていた
ソレックスツインチョークキャブレターを3基装備した
DOHCのS20型の2種類の直列6気筒2.0 Lエンジンが設定された。

SOHCモデル(S30型)にはベースモデルで4速MT搭載の
「フェアレディZ」と、5速MTを搭載し、
AMラジオ付きカーステレオ、助手席フットレスト、
リクライニングシートなどの装備を充実させた
「フェアレディZ-L」、DOHCモデル(PS30型)は
「フェアレディZ432」が
それぞれラインナップされた。「432」とは、
「4バルブ・3キャブレター・2カムシャフト」の意であり、
搭載されるS20型エンジンの構成に由来する。


Z−S30

ヨーロッパ製の高級GTに比肩するスペックと
魅力あるスタイルを兼ね備えながら、
格段に廉価であったことで北米市場を中心に
大ヒットした。

日産のイメージリーダーカーとして、
足掛け10年もの長期に渡って生産され、
世界総販売台数55万台(うち国内販売8万台)という、
当時のスポーツカーとしては空前の記録を樹立した。

フェアレディーZのS30型

このモデルの開発・販売を企画したのは、
1960年代当時、米国日産の社長であった片山豊である。

彼はダットサンの北米市場拡販のために強力な
イメージリーダーとなるモデルを求めていた。、

イギリス製小型スポーツカーの模倣に留まる従来の
ダットサン・フェアレディでは、
市場での競争力やインパクトが不十分であると考えていた。

片山はアメリカ市場でのニーズに適合した
新しいスポーツカーの開発を要望。

1960年代中期から、腰の重い日産本社に対して
熱心な働きかけを重ねた末に、
ようやく開発のゴーサインを得た。

片山は技術者ではなかったが、
アメリカ市場のニーズを見据えて日産本社の開発陣に
明確なコンセプトと適切なアドバイスを与えた。

そして、初代「Z」のプロデュースを主導した。


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